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1 :名無しさん@涙目です。(静岡県):2011/04/02(土) 23:26:47.62 ID:3AQVo6Ww0● ?2BP(73)
手作り避難所、70人救った 10年かけ岩山に 東松島 (1/2ページ)

「津波なんてここまで来るわけがない」。そう言われながら、約10年がかりで岩山に
避難所を造った男性がいる。700人以上が死亡した宮城県東松島市で、
この場所が約70人の命を救った。
東松島市の野蒜(のびる)地区。立ち並ぶ高さ30メートルほどの岩山の一つに階段が彫られ、
登り口に「災害避難所(津波)」と書かれた看板があった。お年寄りでも上れるように段差は低く、
手すりもある。平らになった頂上には、8畳の小屋とあずま屋、海を見渡せる展望台が
立てられていた。
近くに住む土地の所有者、佐藤善文さん(77)が10年ほど前から、
退職金をつぎ込んで1人で造った。「避難場所は家からすぐの場所になくちゃってね」。
住民には「佐藤山」と呼ばれていた。

地震があった11日、佐藤さんが4人の家族と犬を連れて登ると、
すでに40人ほどがここに避難していた。津波は「ブォー」と膨れ上がって押し寄せ、
立ち木や家屋がなぎ倒される音がバリバリと響いた。
いったん波が引いたあと、「第2波には耐えられない」とさらに人がやってきた。
「線路の辺りで波に巻き込まれた」という傷だらけの男性など4人も流れ着き、
避難した「佐藤山」の人々が棒を差し出して引っ張り上げた。
避難者は70人ほどになり、お年寄りやけが人は小屋でストーブをたき、
男性陣はあずま屋でたき火をして夜を 明かした。

夜が明けると、1960年のチリ地震による津波でも床上浸水だった周辺は、
流失した家屋やがれきで埋め尽くされていた。避難した遠山秀一さん(59)は「『ここには
大きな津波は来ないよ』と佐藤さんの作業を半ば笑って見ていたけど、先見の明があった」と
感謝する。

一方、周辺では指定避難場所も津波に襲われ、多くの人が犠牲になった。
佐藤さんはこれまで「大きな津波は、建物ではダメ。高台に逃げるのが鉄則」と市に
訴えたこともあったが、「佐藤山」は指定されなかった。
http://www.asahi.com/national/update/0329/TKY201103290226.html 


 
971 :名無しさん@涙目です。(関東・甲信越):2011/04/03(日) 08:53:17.16 ID:asxhqfi/O
これは凄い
今まで散々自分を馬鹿にして笑ってきた連中も助けてるのも凄い


 
10 :名無しさん@涙目です。(dion軍):2011/04/02(土) 23:29:56.18 ID:hDpQfmAd0
学校に避難橋かけた人といい、自力で避難所作った人といい
なんかすごいね ほんと、すごいとしか言いようがない


 
895 :名無しさん@涙目です。(dion軍):2011/04/03(日) 06:59:56.05 ID:t+so3ijE0
何この日本昔話みたいなノリ
 
 
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